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北海道民の会

日本の司法が下す結果で、世界中の宗教弾圧が加速する可能性はあるのか?

  • 執筆者の写真: 道民の会広報部
    道民の会広報部
  • 2 日前
  • 読了時間: 4分

2026年、日本の東京地裁が「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」に対し、民法上の不法行為を根拠とした解散命令を下したことは、日本の宗教政策において歴史的な転換点となりました。しかし、この国内問題が持つ「負の側面」は、国境を越え、特に宗教への監視を強める共産主義国家や権威主義国家に対して、極めて危険な「正当化の武器」を与えてしまう懸念を孕んでいます。


本稿では、日本の家庭連合解散が国際的な宗教弾圧に与える影響と、それに対する国際機関の見解について考察します。



民主主義国家が作る「弾圧のテンプレート」


中国を筆頭とする共産主義国家において、宗教活動は常に国家の安全保障を脅かす潜在的なリスクと見なされてきました。中国当局は、政府の認可を受けない宗教団体を「邪教」として定義し、苛烈な弾圧を続けています。


これまで、こうした国々の弾圧に対して、日本を含む民主主義諸国は「信教の自由」と「基本的人権の尊重」を盾に抗議を行ってきました。しかし、日本が「民法上の不法行為(民事判決や示談など)」を根拠に宗教団体の法人格を剥奪するという先例を作ったことは、以下の理由で共産主義国家を利する可能性があります。

  1. 「公共の福祉」による制約の正当化: 中国などは、しばしば「社会の安定」や「公共の利益」を理由に宗教を規制します。民主主義国である日本が、曖昧な「公共の福祉」や社会規範への違反を理由に解散を命じた事実は、「民主主義の旗手である日本ですら、社会秩序のために宗教を解散させている」という格好の宣伝材料(プロパガンダ)になり得ます。

  2. 刑事罰なしでの解散という「低いハードル」: 過去のオウム真理教のような凶悪犯罪(刑事事件)ではなく、民事上のトラブルを積み上げて団体を解散させる手法は、法治主義の恣意的な運用を許す隙を与えます。実際、中国の「中国反邪教協会」は、日本の地裁決定を「他国におけるカルト問題への対処の模範」として称賛する声明を出しており、弾圧の「国際的標準」として悪用される兆候が既に見られます。


国連人権委員会および専門家の厳しい見解

この日本の動きに対し、国際社会は必ずしも肯定的ではありません。国連の各種委員会や特別報告者は、日本政府の対応が国際的な人権基準から逸脱している可能性を繰り返し指摘しています。

1. 自由権規約人権委員会の懸念

国連の自由権規約人権委員会は、以前から日本に対し、憲法上の「公共の福祉」という概念が非常に曖昧であり、宗教的表現や結社の自由を不当に制限する恐れがあるとして、2008年、2014年、2022年と継続的に勧告を出してきました。国際人権法(自由権規約18条3項)では、宗教の自由を制限できるのは「公共の安全、秩序、保健もしくは道徳、または他人の基本権」を守るために必要最小限である場合に限られます。

2. 国連特別報告者による共同声明

2025年10月には、国連の「信教または信念の自由」に関する特別報告者ナジラ・ガネア氏ら4名の専門家が、日本における宗教的少数派への「ステレオタイプ化」と「偏見」に懸念を表明する声明を出しました。彼らは、日本の地裁決定が「社会的な妥当性」や「公共の福祉」という、国際法上の厳格な制限基準に照らして不透明な根拠に基づいている点を危惧しています。

「善意による児童虐待防止の取り組みであっても、それが特定の少数派宗教に対する差別や監視、行政的な嫌がらせにつながってはならない」——国連専門家声明(2025年10月)


結論:求められる「法の支配」の再確認

もし日本が、世論の批判や政治的な思惑によって、国際的な人権基準を軽視した形で宗教団体の解散を確定させれば、それは「法の支配」の敗北を意味します。

その結果として最も喜ぶのは、自国内の少数宗教や異見者を「邪教」の名の下に弾圧しようと手ぐすねを引いている共産主義国家の当局者たちでしょう。日本には、被害者の救済を確実に行いつつも、それが権威主義国家に「宗教弾圧の免罪符」を与えないよう、冷静かつ法的に厳密な議論を維持する重い責任があります。

「カルト」というレッテルが、いつか自分たちの信じる価値観や権利を縛る鎖にならないか——。私たちは今、民主主義の真価を問われています。

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